自らの「夢曲線」を黒板で示しながら、生徒に「夢を持つことの大切さ」を語る佐藤久佳さん=千葉県市川市立大洲中で2024年5月9日午前11時48分、熊田明裕撮影

 「高校3年の全国高校総体で1位になり、初めて母親が『うれし泣き』する姿を目にしました。以前は自分のためだけに水泳を続けてきたけど『誰かのために(競技を)頑張る』と考えられるようになったんです」

 5月9日、千葉県市川市立大洲中学校での日本サッカー協会(JFA)こころのプロジェクト「夢の教室」で教壇に立ったのは佐藤久佳さん(37)。2008年北京オリンピック競泳男子400メートルメドレーリレーで銅メダルを獲得した日本代表メンバーで、100メートル自由形では日本男子選手で最初に「50秒の壁」を突破した名スイマーだ。

 体育館で30人の生徒と35分間、ボールを使う鬼ごっこなどで体を温めた。教室での55分間の授業では、この日の夢先生、佐藤さんが水泳を始めたきっかけや目標設定の内容、何度もあった挫折などを黒板に記した自身の「夢曲線」を、生徒との質疑を交えながら紹介した。授業後には生徒それぞれが夢や目標を書いた「夢シート」を提出。佐藤さんがメッセージを書き加えて後日、返却される。

「夢の教室」のゲームの時間で、参加した生徒と集団ゲームの作戦を練る「夢先生」の佐藤久佳さん=千葉県市川市立大洲中で2024年5月9日午前10時53分、熊田明裕撮影

 受講した大洲中2年の土井樹(たつき)さんは、小学5年時以来、2回目の夢の教室を「大舞台で活躍したスポーツ選手も、自分たちと同じような悩みを抱えながら成長したんだ、と親近感を覚える。夢や悩みをクラスメートや夢先生に話せたことで、勇気が湧いた」と話した。

 JFAは、いじめや自殺、無気力など子どもに関する暗いニュースが増える中、06年11月に「こころのプロジェクト」を発足。翌07年4月にはプロサッカー選手や元選手らを夢先生として小学校に派遣し、夢を持つことや夢に向かって努力することの大切さを伝える夢の教室を全国でスタートさせた。

 11年3月の東日本大震災後には日本体育協会(現日本スポーツ協会)、日本オリンピック委員会、日本トップリーグ連携機構が加わった「スポーツこころのプロジェクト」がスタート。夢の教室の手法を応用し、各競技界から夢先生が被災地の小中学校を訪れる「笑顔の教室」を開いた。

「夢のその後」も語り合う場に

 当初は小学5年生を対象にしたが5年経過後、学校現場などからの「一度授業を受けた子どもと、その後の夢や進捗(しんちょく)状況を語り合う場をつくりたい」との要望に応え、中学2年生も対象に加えた。笑顔の教室は終了した20年度末までの10年間で延べ652校、参加児童生徒11万9520人の心の復興支援を担った。

 新型コロナウイルス対策で、20年10月からは夢先生と学校現場をオンライン映像形式で結ぶ「夢の教室オンライン」も始め、招致する自治体教育委員会の選択肢を広げた。23年度末までに夢の教室と笑顔の教室は、海外20地域を含めて延べ2万1821回、参加児童生徒も65万2041人を数え、先生役は趣旨に賛同した文化・芸能人らも含めて延べ1569人に上る。23年度には22年冬季北京五輪フィギュアスケート代表の樋口新葉(23)、プロ野球・日本ハムの野村佑希(同)ら、過去に夢の教室を受けたアスリートも夢先生を務めた。

 「自分の夢や悩みなどを、周囲と共有しやすい環境づくりを心がけてきた。励みは受講する子どもたちだけでなく、夢先生側からも『勉強になったので、また参加したい』との声をいただくこと。何よりも、子どもたちの笑顔は世の中を元気にしますから」と、JFAこころのプロジェクト推進部の山下恵太部長。

 現在、支援企業も38社まで増え、24年度も6月までで約260カ所での実施を予定する。今年1月発生の能登半島地震の被災地での開催についても「現地の復旧が進み、教育委員会など関係機関から要望があれば」(山下部長)と、準備を整えている。【熊田明裕】

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