「100年安心年金」が導入されて20年経つが、公約は実現されているのか(写真:Luce/PIXTA)2004年に「100年安心年金」が導入されて、20年が経った。100年間にわたって安泰な年金制度が実現されたはずなのだが、本当にそうなっているだろうか? マクロスライドをほとんど実行できず、また保険料収入見通しが楽観的すぎたので、「100年安心年金」は、実現できなかった。昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第120回。

財政検証の最重要課題は公約が実現できたか

今年は、公的年金財政検証の年だ。今回の財政検証で最も大きな重要な課題は、「100年安心年金」の公約が実現したかどうかをチェックすることだ。

政府は2004年に、「100年安心年金」に向けて公的年金の改革に着手し、約20年間にわたって給付を減額し、保険料率を引き上げることとした。これは2022年頃には完了するはずであった。したがって、今後は何もしなくても「100年安心」年金を享受できるはずなのである。

以下では、現時点の公的年金が、2004年に想定された姿になっているかどうかを検証することとしよう。

まず給付について見ると、2004年の年金改革で、給付を徐々に切り下げるための手段として「マクロ経済スライド」を導入した。これは、既裁定年金を、毎年0.9%程度ずつ減額する措置だ。

しかし、実際には、毎年行うこととされていたマクロスライドは、2023年を入れて、わずか4回しか実行できなかった。スライド実行のためには、物価上昇率が0.9%を超える必要があるが、それが例外的にしか実現しなかったからだ。

仮に当初計画通りに実行されていたなら、2004年から2020年の16年間では、年金額は約14.4%削減されていたはずだ。ところが、実際には3回しか行われていないので、約2.7%しか削減されていない。したがって、不足を取り戻すには、現時点で、年金を少なくとも約11.7%減額する必要がある。

これが困難であれば、今後もマクロスライドを継続する必要がある。しかも、従来より強化して、物価上昇率いかんにかかわらず、毎年0.9%程度の減額を実行しなければならない。

上で「少なくとも」と書いたのは、スライドを適用される世代が後にずれれば、受給者総数が増えるからだ。したがって、受給者一人あたりの所要削減率は、0.9%より高くなる(あるいは、実施年数が多くなる)。

保険料収入は不足 

次に、保険料について見てみよう。ここでは、2005年と2020年の比較を、厚生年金の厚生年金勘定について行うことにする(厚生年金の厚生年金勘定とは、厚生年金のうち、共済組合などを除く部分。なお、旧厚生年金と共済年金は、2015年に統合された)。

厚生労働省の「平成16年財政再計算結果」によると、2004年度財政再計算での標準的なケースでは、賃金上昇率は2.1%と想定されたので、保険料率一定でも、保険料収入は、2005年から2020年の15年間で、約3割増加するはずだった。

そして、保険料率は2005年の14.3%から2020年の18.3%まで28.0%引き上げられた。だから、保険料算定の基礎となる年収が3割増加すれば、保険料収入は、30+28=58%増加するはずだった。

2004年度財政再計算では、厚生年金の厚生年金勘定の保険料収入は、2005年度の20.8兆円から2020年度の34.8兆円まで、67.3%増加すると見積もられた。

実績はどうだったか? ここでは、厚生年金の厚生年金勘定だけを見ることにすると、2005年度の20.1兆円から2020年度の32.1兆円まで、59.7%しか増えなかった(厚生労働省、「公的年金各制度の財政収支状況」)。

保険料率は予定通りに引き上げられたので、見積りとの差は、賃金上昇率についての見通しが過大であったことによるものと考えられる。

したがって、2004年度財政再計算で見積もられていた保険料収入を得るには、保険料率を少なくとも1.673/1.6=1.046倍にしなければならない。つまり、約5%の引き上げが必要になる。したがって、保険料率は、18.3%で終わりでなく、少なくとも19.2%にする必要がある。

ここで「少なくとも」と書いたのは、年金額の場合と同じ理由による。保険料引き上げを適用する世代が後にずれると、保険料支払者が減少するので、保険料率をさらに高める必要があるからだ。厚生年金保険料率は、2割を超えることになるだろう。

結局のところ、安心年金は実現できておらず、これからも調整が必要だ。その姿を財政検証で示す必要がある。

実質賃金上昇率を妥当な値に想定する必要

将来を見通す場合に重要なのは、実質賃金の想定上昇率を妥当にすることだ。なぜなら、実質賃金上昇率が高いと、保険料収入の伸びが年金給付の伸びよりも高くなり、公的年金の財政事情は好転するからである。 

これまでの財政検証は、高すぎる実質賃金率想定で、年金財政の真の問題を覆い隠してきた経緯がある。

以上のことは、物価上昇率がゼロの場合を想定すれば、わかりやすい。この場合、賃金が上昇すれば、保険料率は不変でも、保険料総額は賃金と同率で増加する。他方、新規裁定年金は賃金と同率で増えるが、既裁定年金は変わらない。

新規裁定年金は、年金総額の一部でしかないので、年金支給総額はあまり変わらない。年次が経過するにしたがって、年金支給額総額中で増加した部分の比率は増えていくが、保険料ほどの増加にはならないのである。

毎月勤労統計調査によれば、実質賃金指数は、2004年の110から、2023年の97.1まで11.7%下落した。

だから、上で述べた2004年度財政再計算で、実質賃金上昇率を1.1%と設定したのは、きわめて大きな過大見積もりだったことになる。

今回の財政検証における実質賃金の見込みを、これまでのように高い値に設定すれば、ここで問題としていることが再び隠蔽されてしまう。したがって、現実的な値に設定することが、ぜひとも必要だ。

なお、実質賃金の上昇が年金収支に与える影響の正確な説明は、ややテクニカルなので、以下「補論」として説明することとする。

実質賃金上昇が保険財政に与える影響

初年度において、保険料の総額がA、年金支給総額がBであるとする。実質賃金上昇率が年率rであるとする。また、保険料支払者数は、各年齢に同数だけ分布しており、年金受給者は、65歳から85歳まで、各年齢に同数だけ分布しているとする(つまり、保険料支払者や年金受給者数は、時間的に不変であるとする)。初年度において、一人あたり年金額は、年齢によらず、B/20で同額であるとする。

この場合、20年後の保険料総額は、((1+r)^20)Aとなる。一方、初年度の年金支給総額は、新規裁定者だけが増えるので、((1+r)+19)・(B/20)となる。以降、第n年度の年金支給総額は、((1+r)・n +(20-n))・(B/20)となる。したがって、n=20の場合の年金支給総額は、(1+r)・B となる。

したがって、r=1%の場合、20年後の保険料総額は、1.22A、給付総額は1.02Bとなる。したがって、給付総額に対する保険料総額の比率は、初年度のA/Bから、((1+r)^19)・(A/B)となり、上昇する。

なお、実際には、保険料支払い者や年金受給者は、各年齢階層に同数づつ分布しているわけではないので、上記の単純モデルは修正する必要がある。

この連載の一覧はこちら

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。