原発に頼らない電源として普及してきた再生可能エネルギー。だが、福島市内に建設中のメガソーラー(大規模太陽光発電所)に関し、市民から災害や景観悪化を懸念する声が上がるなど、一部では再生エネ施設が迷惑施設化している。
地球温暖化の悪影響が拡大し、世界が脱炭素社会へ急ピッチで移行する中、日本はいまだ二酸化炭素(CO2)排出量の多い石炭火力の全廃時期さえ示していない。日本のエネルギー政策、気候変動政策はどこへ向かうのか。
急斜面で山肌むき出し「大丈夫なのか」
JR福島駅の新幹線ホームから、西にそびえる吾妻連峰の一部の山肌がむき出しになっているのが見えた。連峰の一角、先達山(せんだつやま)の斜面に来春完成予定のメガソーラーの建設地だ。
「今話題の山ですよ」。記者が市街地から先達山の写真を撮っていると、市内に住む60代の男性が話しかけてきた。男性は「景色が台無しで、心が痛むね」と嘆いた。
建設地近くの別荘地・高湯平で町内会長を務める岡地明(おかちあきら)さん(67)がメガソーラーの計画を知ったのは2019年、地元紙の記事だった。事業者はAC7合同会社(東京)で、造成面積は東京ドーム13個分の広さ(60ヘクタール)に及ぶ。
「あの急斜面が丸刈りになるなんて。大丈夫なのか」
岡地さんらは土砂災害などを懸念し、計画の中止を求める署名運動を始めた。開発によってニホンザルなどの野生動物がすみかを失い、人間の生活圏にやってくる心配もあった。
工事現場から土砂流出、道路などに被害
福島県は21年、事業者に林地開発許可を出し、工事が始まった。山肌の露出面積が拡大するにつれ、市にはメガソーラー事業に関する問い合わせや苦情が相次ぐようになった。景観の悪化や山の保水機能低下などを危惧した市は23年8月、これ以上の新規建設を望まないという「ノーモアメガソーラー宣言」を出した。
先達山では今年6月、大雨で工事現場から土砂が流出し、道路の一部が塞がれたり、沢に土砂が堆積(たいせき)したりといった被害が出た。岡地さんは今、建設中止までは求めず、事業者と対話を重ねて災害などを防いでいきたいという立場だが、「事業者が太陽光パネルを撤去せずに撤退したら……」という懸念はあるという。
「宣言」後も、市には他の事業者から新設の相談が少なくとも15件寄せられている。市は防災や景観の観点から、大半の事業者に建設中止を要請する予定で、年度内に新設禁止区域を設定する条例の制定を目指している。
太陽光発電巡るトラブル、180件
広い範囲に放射性物質が飛散した世界最悪レベルの東京電力福島第1原発事故から13年7カ月。この間、再生エネの固定価格買い取り制度が始まり、太陽光を中心に全国で再生エネの導入が進んだ。発電電力量に占める再生エネの割合は22年度が21・7%と、事故が起こった11年度(10・4%)と比べて約2倍になった。
気候変動対策で政府が掲げる目標「50年カーボンニュートラル(温室効果ガス実質排出ゼロ)」の実現に向けて、再生エネのさらなる導入拡大は欠かせない。だが、地方自治研究機構によると、防災や環境保全などを目的に太陽光発電施設などの設置を規制する条例は全国で290ある(今年6月時点)。NPO法人環境エネルギー政策研究所の調べでは、太陽光発電事業者と地元とのトラブルは、新聞で報道されたケースだけで今年2月までに180件あったという。
同研究所の山下紀明主任研究員は「トラブルが多い現状では、規制条例ができるのはやむを得ない面はあるが、脱炭素を目指すのであれば安易に抑制に流れ過ぎないようにすることが重要だ」と話し、地元に経済的なメリットをもたらす仕組みなど、地域との共生を後押しする施策の必要性を指摘する。
温暖化対策左右する「エネ基」の議論
日本は昨年、今年と2年連続で統計開始以降「最も暑い夏」となった。東京大などの研究チームは、いずれの年の暑さも地球温暖化がなければ起こり得なかったと分析している。気候変動対策の強化は一刻の猶予も許されない。
資源量が豊富で安価な石炭を主力電源としてきた日本。国内では今、エネルギー政策の中長期の方向性を示す「エネルギー基本計画(エネ基)」の改定作業が大詰めを迎えている。3年をめどに見直すこのエネ基次第で、国内の温室効果ガス排出削減のスピード感が決まると言っても過言ではない。
日本も岸田文雄前政権下で「GX(グリーントランスフォーメーション)」を推進する方針を打ち出している。GXとは、化石燃料中心から、再生エネや原発など発電時にCO2を排出しないエネルギー中心に転換することを指し、10年間で官民合わせて150兆円超を投じる目標を掲げた。
日本は現状で発電量の7割を石炭やガスによる火力発電に頼り、化石燃料のほとんどを輸入している。GXには先進諸国の中でエネルギー自給率が最低水準にある現状を変える狙いもあり、石破茂首相もGXの取り組みを加速させる考えを表明している。
世界が批判する日本の石炭依存
現行のエネ基は、気候変動対策の観点から見れば、決して野心的と言える内容ではない。30年度時点で総発電量の19%を石炭で賄う計画で、石炭依存の姿勢は国際社会からたびたび批判されてきた。
岸田氏は21年の首相就任後、初の国際舞台となった英グラスゴーでの国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)で、「ゼロエミッション(ゼロエミ)火力」を推進し、アジア全体への技術支援も進めると宣言。ゼロエミとは、火力発電の燃料をアンモニアや水素などに置き換え、CO2を排出せずに発電することを指す。
ただし、アンモニアだけを燃料とする技術はもちろん、化石燃料にアンモニアを混ぜて燃やす技術さえ商用化されていない。NGOなどからはCO2排出量の多い石炭火力の「延命策」との声が上がる。
「我がこと」として考える気持ち失われた
岸田前政権はまた、脱炭素実現を理由に、原発回帰にかじを切った。
福島市内に住む岡地さんは11年の原発事故直後の夏を振り返りながら語る。「決して涼しい夏ではなかったけれども、節電に取り組むなど、みんながエネルギー問題を『我がこと』として考えていた。でも今の日本からは、そういう当時のみんなの気持ちが失われているような気がする。事故からたかだか10年あまりで、なし崩し的に原発新増設の議論が出てきたこともショックだ。『喉元過ぎれば熱さを忘れる』という言葉通りの状況だ」
迫られる「大幅削減」の新目標
エネ基と並ぶ難しい「宿題」がある。35年以降を期限とする新しい温室効果ガス排出削減目標の策定だ。
各国は25年2月までに新目標を国連に提出することが求められている。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は「世界の平均気温を産業革命前から1・5度上昇に抑える」という世界共通目標実現には、世界全体で35年までに19年比で60%減らす必要があるとしている。国別でも先進国は同程度かそれ以上の削減が期待され、日本も現行目標の「30年度までに13年度比46%減」からの大幅上積みが求められる。
「1・5度」実現にはこの10年が重要
22年度の国内の温室効果ガス排出量は、CO2換算で11億3500万トンと1990年度以降で最少となった。ただし、13年度比では22・9%減にとどまる。30年度目標の達成も非常に厳しいのに、その後わずか5年で大幅削減が求められることになり、そのための具体策のとりまとめも急務だ。
世界のCO2排出量の3割以上は中国からの排出が占めるとはいえ、日本は今でも世界5位の排出大国だ。
国立環境研究所の増井利彦・社会システム領域長は「日本政府は、今の産業構造を維持しながら脱炭素を実現しようとしているように見えるが、現状維持で本当に実現できるのか」と疑問視する。さらに「IPCCは1・5度目標実現には、この10年の対策が重要だというメッセージを発している。今後5年、そして中長期的にどう脱炭素化を進めていくのか、政治が明確なビジョンを示す必要がある」と話す。【山口智】
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