衆院東京15区補欠選挙で当選確実の報道を受け、笑顔であいさうつする立憲民主党の酒井菜摘氏(右から3人目)(写真:時事)

岸田文雄政権の「命運」が懸かるとされた「4・28トリプル補選」は、自民党が「全敗」、立憲民主党は「完勝」で終わった。その結果、与党内には「岸田首相では選挙を戦えない」との判断から、「今国会での衆院解散などあり得ない。9月の自民総裁選で“顔”を変えるしかない」(閣僚経験者)との声が大勢となり、岸田首相は「絶体絶命のピンチ」(自民長老)に追い込まれつつある。

その一方で、与党内での“岸田離れ”は加速しているものの、“岸田降ろし”の動きは顕在化していない。「当面は岸田政権の下での自民団結を最優先し、時間をかけて国民の信頼を取り戻すしかない」(党幹部)との発想が背景にあるからだ。ところが、岸田首相はこの状況も踏まえ「虎視眈々と会期末解散断行を狙う」(岸田派幹部)との見方も少なくない。

これに対し、野党側は「こうなった以上、岸田首相は国民に信を問うしかない」(立憲民主幹部)と速やかな衆院解散断行を求める構え。また、多くの主要メディアも「今国会での解散」を主張する。このため、補選後口を閉ざしていた岸田首相が30日午前のインタビューで「(解散は)全く考えていない」と否定しても、政界では会期末解散を巡るざわめきが消えないのが実情だ。

そうした中、岸田首相は5月1日からの連休後半の欧州、南米歴訪での首脳外交で態勢立て直しを図る一方、後半国会の最大の課題の政治資金規正法の改正についても、「大胆な決断で国民の批判を交わす構え」(側近)だとされる。このため、連休以降の政局は「会期末解散を巡り、与野党入り乱れての駆け引きが続く」(自民長老)ことになりそうだ。

自民は島根1区で惨敗、東京15区では「小池神話」崩壊

4月28日に投開票された、衆院の東京15区、島根1区、長崎3区のトリプル補欠選挙は、自民の巨額裏金事件に対する有権者の怒りが岸田政権を直撃。自民が唯一公認候補を擁立した島根1区も、「有数の保守王国でしかも弔い選挙という有利な条件」(自民選対)だったにもかかわらず、事実上の野党統一候補となった立憲民主の元職に大差で敗北した。

また、「政治と金」が絡んで自民が不戦敗を余儀なくされた東京15区、長崎3区でも、立憲民主の公認候補が圧勝。同党内でくすぶっていた泉健太代表の早期交代論も消え、次期衆院選に向け、「日本維新の会との野党第1党争いもほぼ決着した」(幹部)との安堵の声が広がる。

さらに、東京15区で小池百合子東京都知事が率いる地域政党・政治団体「ファーストの会」副代表の乙武洋匡氏は、同会の支援を受け、小池氏と二人三脚での選挙戦を展開した。しかし、圧勝した立憲公認の酒井菜摘氏に大差をつけられて5位と惨敗し、東京の各種選挙で勝ち続けてきた小池氏の“常勝神話”も崩壊した。

これにより、「今年の政局の重大な分岐点」(政治ジャーナリスト)とされたトリプル補選は、「勝者は立憲だけで、自民、維新、そして小池氏が敗者」という結末に。もちろん、次期衆院選は「各党の候補擁立状況や野党共闘も含め、今回の3補選とは全く条件が異なる」(選挙アナリスト)だけに、「やってみなければ分からない状況」(同)ではある。ただ、客観的に見れば「自公は極めて苦しく、維新の伸び悩みも確実なので、相対的に立憲が優位となる」(同)との見方が支配的だ。

岸田首相、敗北陳謝し衆院解散も否定

そうした中、岸田首相は30日午前に首相官邸で記者団のインタビューに応じ、3補選での自民「全敗」について「結果を真摯(しんし)に重く受け止める。今後は、政治改革などの課題で結果を出し、国民の信頼回復に取り組むことで、責任を果たす」と政権維持への意欲を示したうえで、衆院解散については「全く考えていない」と厳しい表情で語った。

岸田首相は特に、公認候補が惨敗を喫した島根1区について「自民党の政治資金の問題が大きく重く、足を引っ張ったことについては、候補者にも地元で応援してくれた方々にも申し訳ない」と陳謝。そのうえで、自身や党執行部の責任について「総裁としても政権与党としても課題に1つひとつ取り組んで結果を出し、責任を果たしていかなければならない。自民党改革や政治改革、さらには賃金や物価対策などで答えを出し、国民の信頼回復に努めていきたい」と語った。

さらに、当面の焦点となる政治資金規正法の改正に向けた自民の対応については「問題の再発防止に向けて政治資金規正法の改正に取り組まないといけないが、それ以外の課題にも委員会での議論に資するよう、党としての方向性を明らかにする」と、国会での多角的な協議の必要性を指摘。注目の衆院解散については「1つひとつの課題に取り組み、結果を出すことに専念しなければならず、全く考えていない」と繰り返した。

その一方で、今回の3補選への対応や、選挙戦終盤での岸田首相や茂木幹事長の動きを検証すると、「選挙後に向けた様々な政局的動き」(政治ジャーナリスト)が目立った。特に与党内では「全敗」を前提に「茂木氏が責任をとって幹事長を辞任する」との憶測が駆け巡り、「岸田首相もそれを察知し、補選後に党・内閣人事を断行し、出直しを図る」(閣僚経験者)とのうがった見方も広がっていた。

岸田首相、島根惨敗で開票時の「敗北談話」断念

そうした中、岸田首相は補選最終日の27日、2度目の島根入りで「何とか逆転したい」と必死の形相で有権者に訴えたが、その効果もなく結果は惨敗だった。これについて地元の自民県連からは「かえって票が減った」(幹部)との声が噴出したが、岸田首相の側近は「敗北を前提に、覚悟を示すためのパフォーマンスだった」と解説する。

しかも、その時点で岸田首相は28日午後8時からの開票には党本部で立ち合い、結果を受けて自ら敗戦の弁を述べる意向を固め、秘書官に「談話作り」を指示したという。ただ、これは「接戦に持ち込めたことを前提にしたもので、結果的に当日の大手メディアの出口調査で大差の惨敗が確実となった同日夕刻には、茂木氏と連絡の上、党本部入りを断念した」(側近)とされる。

これは、裏金事件への対応を巡る岸田首相(総裁)の“独断専行”で茂木氏との溝が広がり、「茂木氏は辞任によって政権から離れ、秋の総裁選出馬へのフリーハンドを得ようとしている」との見方があったことが背景にある。

だからこそ岸田首相が茂木氏とも意を通じた結果、茂木氏は28日夜、補選結果を受け党本部で記者団に「厳しい状況だからこそ、一致結束して臨む必要がある」と、ことさら団結して岸田政権を支える姿勢を強調したとみられる。

こうしたことから、「今後の政局は表向き平穏なまま、政府は淡々と政策課題に取り組み、国会では政治改革を巡る与野党協議が続く」(官邸筋)ことになる。ただ、水面下では岸田首相と菅義偉前首相を旗頭とする「反岸田勢力」との暗闘が激化し、「政局は会期末が近づくにつれ、何が起こるかわからないという緊迫した状況になる」(自民長老)ことは間違いなさそうだ。

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