選挙事務所で来客にお茶、お菓子を出すのはOK、だったら高級ブランドのチョコレートは――。選挙のルールを定める公職選挙法にはさまざまな規定があるが、違法かどうかの判別が難しい「グレーゾーン」が多いとされる。候補者のためを思ってした行為が違反になることもある。専門家からは「時代に合わせた柔軟な制度づくりを」との声が上がる。
飲食物の提供規定、難しい線引き
まずは飲食物の提供に関する規定だ。公選法は、全ての人が選挙運動で「湯茶」や「通常用いられる程度の菓子」、運動員らに対する一定の範囲内の「弁当」を除く飲食物を提供することを禁じている。候補者だけでなく、有権者が選挙事務所に酒などを差し入れることも認められていない。
7月にあった茨城県常総市長選では、出陣式参加者に赤飯やバナナをビニール袋に入れて配った新人の陣営について、市選挙管理委員会が公選法違反の疑いがあるとして警察に報告した。市選管は「赤飯を『菓子』として出すのは常識の範囲を超えており、法に抵触するのではと判断した」と説明する。
では、公選法で認められている「湯茶」や「菓子」とは何か。総務省は「どんなものが認められるかは一概に言えないが『菓子』は一般的にお茶請け程度のもの」と説明する。岡山市選管はホームページで、具体的に「せんべい、まんじゅう、みかん、りんご程度の果物」と例示している。
静岡県のある国会議員の秘書は「単価が異なるので確かに線引きは難しい」としつつ、「コーヒーは大丈夫だが、例えば外資系コーヒーチェーンのメニューを示して相手の好みのシロップやミルクを選ぶ『カスタム』をしたら違反となりかねないので注意している」と話す。菓子はスーパーで手に入るような袋菓子をばらして机上に置く程度といい「高級チョコショップの商品など、高級感がある菓子はNG。ただ、新型コロナウイルス禍以降は茶菓の提供を控える風潮になり、あまり気を使わなくてよくなった」と説明する。
物議醸す「うちわのような厚紙」
他にも、選挙のたびに物議を醸すモノがある。街頭演説などで有権者に配られる、候補者の氏名などが書かれた円形状の厚紙だ。特に夏場は、演説を聴く人たちがそれをうちわのようにしてあおぐ姿を目にする。
公選法は選挙期間に関係なく、政治家らが選挙区内の有権者に金銭や物品などの「有価物」を寄付する行為を禁じており、栃木県足利市選管などはホームページで候補者らがうちわを贈ることは禁止と明記する。2014年には当時の法相が名前入りの「うちわ」を選挙区内で配り、野党に「公選法違反の寄付行為に当たるのでは」と追及され、辞任した。
なぜうちわはNGで、丸いうちわのような厚紙はOKなのか。理由はこれが選挙運動用の「ビラ」だからだ。選挙によって枚数は異なるが、候補者個人のビラはA4判(長さ29・7センチ、幅21・0センチ)以内であれば厚みや形などは自由。選挙グッズを販売する店では「選挙で配ってもいい『うちわ』」などと紹介されることもある。選挙制度に詳しい大川千寿・神奈川大教授(政治過程論)は「うちわ風のビラは実務上認められるが、現実は目的が選挙運動のためだけとは言いがたい。『うちわ』との違いはあいまいだ」と指摘する。
ネットでの選挙運動、再注目される影響力
選挙期間中は、インターネットでの発信にも注意が必要だ。13年の法改正によって候補者や有権者などがXやフェイスブックなどのSNS(ネット交流サービス)で投票の呼びかけや政策動画の配信などをできるようになった。7月の東京都知事選では、前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏が動画サイトなどを駆使した選挙戦で若年層や無党派層を中心に多くの支持を集め、ネットの影響力が再注目された。
ネットでの選挙運動ができる期間は、公示・告示日から投票前日まで。前日までの投稿を投票日にシェアすることも選挙運動とみなされる恐れがある。候補者や政党を除く有権者はメールの利用を禁じられており、転送も認められていない。18歳未満は選挙運動自体が禁止されている。
大川教授は「日本の公選法は『べからず集』とも言われるほど細かい規定が多い。公平公正な選挙のためにルールは重要だが、時代に合わせた柔軟な制度づくりも必要。そのためには政治への関心を高め、有権者に公選法への理解を深めてもらう努力が必要だ」と説明する。【古川幸奈】
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。