ペットとみられる犬や猫の写真、ほぼ裸の女性、有料サイトに誘導する二次元コード――。この夏の東京都知事選では、選挙ポスター掲示板が候補者と無関係なもので埋め尽くされ、「掲示板ジャック」との批判が起きた。規制強化を求める声も上がったが、国会で法案を煮詰める前に衆院が解散に。15日公示の衆院選でも再び掲示板が無秩序化するリスクをはらみながら、選挙戦に突入する。
突かれた法の盲点
騒動の発端は、都知事選に24人の候補者(関連団体を含む)を擁立した政治団体「NHKから国民を守る党」が展開したある運動だった。
NHK党側に一定額の寄付をした人に対し、掲示板にポスターを自由に張る権利を譲渡した。これに応じた人たちがポスターを張ったとみられ、売名や金もうけが目的に見えるものが掲示板に何枚もあった。
選挙ポスターといえば、候補者の顔写真や名前、スローガンを載せるのが普通だ。掲示板は公営で、各自治体が予算を組んで設置している。都選挙管理委員会によると、都知事選では1万4230カ所に設置された。都選管は費用を公表していないが、毎日新聞が取材した都内の10区選管で1カ所あたり約8万7000円かかっており、都内全体で12億円を超えたと推定される。
そんな巨額の公費を投入している掲示板に、なぜ選挙と無関係のポスターを張ることが許されるのか。
公職選挙法には、掲示板に張るポスターについて「長さ42センチ、幅30センチ」に収めなければならないというルールはあるが、内容や形に関する規制は一切ない。NHK党が起こした運動は、公選法の盲点を突いたものだ。
独自に条例つくる自治体も
この問題を受け、与野党5党は9月、公選法を改正してポスターに関する規制を強化することで合意した。ポスターの品位保持と候補者名の記載を義務づけ、特定商品の広告など営業宣伝のポスターを掲示した場合、100万円以下の罰金を科すことを盛り込んだ。
臨時国会で審理される予定だったが、衆院解散となり、法改正には至らなかった。このため今回の衆院選は、従来と同じほぼ「ノールール」で実施されることになる。
一方、選挙と無関係のポスターが張られるのを防ぐため、独自に動いた自治体もある。鳥取県だ。
公選法の趣旨にのっとり、選挙運動以外の目的でポスターを掲示することを禁じ、違反した場合は選管が撤去できるとした条例が10日、県議会で可決された。
総務省によると、選挙ポスターに関する単独の条例を制定している例は他に把握していないという。条例の施行は17日で、衆院選も対象になる。
世界では少数派のポスター掲示板
海外の状況はどうなのか。
各国の選挙制度に詳しい早稲田大の日野愛郎教授(政治学)によると、日本のように公営のポスター掲示板が設置される国は世界でも少数という。アメリカには一切なく、道路標識や商店、民家の庭先に自由に掲げることができる国が多い。フランスやイタリア、オランダといったヨーロッパの一部の国では掲示板が見られるが、その設置箇所は日本よりはるかに少ないという。
インターネットが普及している現在、掲示板は必要なのか。日野教授は「報道が少ない地方選挙の場合、掲示板が設置されて初めて選挙が行われることを知る有権者もいる。また、掲示板は候補者全体を把握できるため、どんな候補者がいるかを効率よく知ることができる」と指摘する。
ただし、掲示板の設置に公費が使われていることから、販売や譲渡を禁止し、設置場所も公共施設や駅前などに限定して費用対効果を高めるべきだとも訴える。日野教授は「『自由で開かれた公正な選挙を保障する』という公選法の理念を維持しつつ、新しい仕組みを考える時期にきている」と話す。
専門家「動物写真の一律禁止は言論封殺」
選挙制度に詳しい法政大大学院の白鳥浩教授(現代政治分析)は別の論点を示す。ポスターの内容を規制する場合は、憲法が保障する「表現の自由」とのバランスを考えるべきだと指摘する。
たとえば、動物実験に反対する人が動物の写真を張ったり、マタニティーハラスメント防止を訴える人がおなかの大きい女性の写真を張ったりする場合は、いずれも重要な政治表現になる。
「動物はダメ、女性はダメとなると、かえって自由な言論を封殺することにつながる。権力者にとって恣意(しい)的な解釈がされないように、規制の内容については慎重に議論すべきだろう」と話す。【遠藤浩二、洪玟香】
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