男女間の賃金格差は改善しているように見えますが、実際はどうなのでしょうか(画像 :bee/PIXTA)女性の就業率は近年7割を超え、M字型カーブと呼ばれる20~30代の女性の離職も減っているようにみえる。しかし、女性の出産年齢、職種、正規/非正規などを調べるとまったく違った実態がみえてくると、「階級・格差」研究の第一人者である橋本健二教授は語る。働き続ける女性は本当に増えているのか。※本記事は橋本健二著『女性の階級』(PHP新書)の内容を一部抜粋・再構成したものです。この記事の画像を見る(4枚)

男女間賃金格差は一貫して大きい

戦後70年間にわたり一貫して、男女間の賃金格差は規模別賃金格差や産業別賃金格差より大きかった。日本の産業には二重構造があり、大企業と中小企業の間に大きな格差があるというのは、誰でも知っている常識である。また産業分野の間には賃金格差があり、金融保険業の賃金が高く、小売業の賃金が低いというのも、広く知られた事実である。

しかし実際には、男女間賃金格差は1980年ごろまで1.8倍から2.3倍にも達しており、1.2倍から1.4倍程度にとどまる規模別賃金格差や産業別賃金格差よりはるかに大きかった。そしてその後、規模別賃金格差や産業別賃金格差が急速に拡大していくものの、男女の平等が少なくとも表向きは当然のこととされるようになった今日でも、依然として男女間賃金格差のほうがかなり大きい。つまり男性と女性の間の格差という観点からみれば、日本は昔から一貫して格差社会だったのである。

しかも男性と女性の間の格差は、現実にはさらに大きい。なぜなら、ここに示されている賃金格差はあくまでも常用労働者の賃金格差であり、それ以外にも低賃金の女性非正規労働者、無給の家族従業者として家業の自営業に従事する女性たち、そして無職の女性たちがいるからである。

下の図表は、働いているかいないか、またどのような形で働いているかを問わず、20歳から69歳までのすべての男性と女性を対象に、個人年収の格差の推移を示したものである。

全体平均を1としたときの男性、女性それぞれの年収は、1985年で1.684と0.413、2015年では1.517と0.576である。格差は縮小傾向にはあるものの、2015年時点でも男性の年収は女性の2.63倍に達している。

このように男性と女性の間の格差に注目すれば、格差社会という言葉が使われるようになるはるか以前から、日本は紛れもない格差社会だった。

すでに何人かの論者が指摘していることだが、2000年代に入ってから格差拡大が注目されるようになったのは、男性の間の格差が拡大し、とくに学校を出たあとに正規雇用の職を得ることができず非正規雇用のフリーターとなり、貧困に陥る若い男性が増加したことによる部分が大きい。

M字型カーブのからくり

近年、男性と女性の間の個人年収の格差は縮小傾向にある。その原因の多くは、依然として大きいとはいえ賃金の格差が縮小してきたことに加え、職業をもつ女性の比率が上昇し、収入がまったくない女性が減少したことにある。

以前に比べて、女性が家の外で仕事をもって働くのが容易になったのは事実だろう。しかしこのことは必ずしも、結婚・出産を経てもなお就業を継続する女性が増えたということを意味するわけではない。しばしば誤解されるのだが、就業を継続する女性はまだまだ少ないのである。

下の図表のようなグラフをみたことのある人も多いだろう。横軸に年齢、縦軸に女性の労働力率をとったグラフで、一般にはM字型カーブと呼ばれることが多い。

まず1982年のグラフを確認しよう。労働力率は、多くの人が学校を卒業する20歳代前半には7割程度に達するが、その後は急落して30歳代前半には49.5%となる。その後、子育てが一段落して再就職する女性たちが一定数いるため、労働力率は40歳代で60%台半ばまで回復するが、50歳以降になると緩やかに低下していく。グラフの形がアルファベットのMに似ているので、これをM字型カーブというのである。

ところが2022年のグラフをみると、労働力率は20歳代後半に87.7%とピークを迎えたあと低下し始めるものの、底に達する30歳代後半でも78.9%と8割近くをキープしている。カーブの真ん中の谷間がずいぶん浅くなり、ピークとの差はわずか8.8%で、グラフの形はもはや「M字型」とは呼びにくくなっている。

それでは今日では、大部分の女性が結婚・出産の時期にも働き続けるようになり、退職する女性が1割以下になったということだろうか。そうではない。

M字型の谷間が浅くなった主要な原因は、女性のライフコースが多様化したことである。1982年からの40年間で、女性のライフコースは大きく変化した。1982年当時は、大部分の女性が20歳代の半ばまでに結婚し、まもなく出産を経験した。そして出産までの間に、多くの女性が退職した。だから20歳代後半に労働力率が急落したのである。

ところが今日では、結婚年齢も出産年齢も多様化している。このため結婚・出産の退職のタイミングが前後に幅広くばらけてしまい、年齢別にみた場合には労働力率の低下が目立たなくなってしまったのである。

結婚・出産で離職する人はまだ多い

このことは、下の図表のグラフをみれば一目瞭然である。これはSSM調査データから、結婚・出産前後の女性の就業率をみたものである。横軸には年齢ではなく、結婚2年前、結婚1年後、長子出産1年後、末子出産1年後、末子出産6年後をとり、それぞれの時点での就業率を計算してグラフ化している。

子どもが一人だけの場合、長子と末子は同じ子どもである。SSM調査では、結婚したときの年齢と子どもの年齢、そしてこれまでに就いたことのある職業のすべてについて仕事の内容と就いていた期間を尋ねているため、このような集計ができるのである。そして時代による変化をみるため、女性たちを出生年ごとに5つのグループに分け、それぞれについてグラフを示しておいた。

たしかに働く女性の比率は増えている。1975―84年生まれの女性たちの結婚2年前の就業率は87.9%で、1935―44年生まれの女性たち(78.3%)より10%近くも高くなっている。しかし就業率は、結婚1年後には49.0%にまで急落してしまう。

1935―44年生まれの38.2%に比べれば高いといえるが、それでも5割を切っている。そして長子出産1年後になると、就業率は33.6%にまで低下する。この比率は1935―44年生まれの35.3%より低く、比率がもっとも低かった1955―64年生まれの28.7%と比べても大差がない。大半の女性たちが、出産時までに仕事を辞めていることがわかる。

男女間の格差が縮まらない原因

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このように、就業率を年齢別にみるのではなく、結婚・出産の時点を基準にしてみれば、日本の女性たちが依然として、結婚・出産の時期に就業を継続するのが難しい状況に置かれていることがわかる。

国立社会保障・人口問題研究所の「出生動向基本調査」の結果をみると、2010年以降に出産した女性では育児休業制度を利用して就業継続する人が増えているようだが、それでも妊娠前から無職の女性が2割前後、出産退職した女性が3割前後いて、まだまだ就業継続が容易でないことは明らかである。

就業継続が難しいから、あいかわらず多くの女性たちが、結婚・出産を機に退職し、子育てが一段落したあとで再就職しているのである。しかし再就職の場合、正規雇用の職に就くことは難しいから、多くの女性たちは低賃金の非正規労働者となる。これでは働く女性の比率が高くなっても、男女間の格差は大きくは縮小しない。

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