認定補聴器技能者の男性から補聴器の説明を受ける患者(手前)=神奈川県伊勢原市で

 ささやき声が聞こえる30デシベルの聴力を80歳で維持する「聴こえ8030運動」。日本耳鼻咽喉科頭頸部(とうけいぶ)外科学会が、今秋から始めた国民運動だ。80歳で自分の歯を20本以上保つ「8020運動」と同様、フレイル(虚弱)に陥らないようにするのが狙い。専門医は「まずは聴力検査を」と訴える。 (五十住和樹)

◆目標「ささやき声」

 「補聴器のおかげで、洗濯機の終了メロディーなどがちゃんと聞こえる」。9月末、東海大医学部付属病院(神奈川県伊勢原市)耳鼻咽喉科・頭頸部外科を訪れた女性(77)はほほ笑んだ。診察の後、認定補聴器技能者の男性(57)に低音域の音を大きくしてもらった。初診は2月で、2カ月に1度のペースで診察と補聴器の調整を続けている。  同科では、訪れた患者にまず聴覚検査と、言葉の聞き取り能力を調べる語音聴力検査などを実施。病院と連携している専門店の認定補聴器技能者や言語聴覚士が、補聴器の調整をして約3カ月間、試用してもらう。購入後も来院して検査を重ね、音の高低(周波数)ごとに細かな調整をする。  41デシベル(dB)以上の中等度難聴の人には購入を勧めるが、決めるのは患者の判断だ。「まだ、いらない」と言う人には半年後の来院を促すなどフォローする。  同学会は、難聴予防策を徹底すれば達成しやすい目標値として30デシベルと定めた。ヘッドホンやイヤホンで音楽を楽しむ人が増え、若者の聴力は悪化傾向で、運動の対象は若年層も含む。  運動では専用ホームページを作成。聴力検査結果の見方を詳しく解説し、補聴器の必要性の有無や、患者に合わせた補聴器選びを行う学会資格の「補聴器相談医」へのアクセス方法などを掲載した。難聴の危険因子として喫煙や糖尿病などの生活習慣病が指摘されるが、40~74歳の特定健診(メタボ健診)や75歳以上の健診には、難聴の検査項目がないとして、国に改善をアピールしていくという。  同科の和佐野浩一郎准教授(45)が2000年から20年間、健診や診察を受けた約2万4千人を調べた研究では、80歳を超えると治療の必要な中等度難聴以上が男女とも半数を超える=グラフ。和佐野さんによると、80歳での聴力30デシベルの達成率は男女とも約30%。学会では20年後に50%とする目標を立てている。

◆脳と心に良い効果

 難聴は認知症だけでなくうつや社会的孤立も招く危険性がある。ただ、補聴器の使用でうつや不安の発生率が0・86倍、転倒は0・87倍という米国の研究も。各国の論文を総合したデータでは、難聴で補聴器を使った人は認知機能低下の危険性が19%減った。愛知医科大耳鼻咽喉科・頭頸部外科(愛知県長久手市)の内田育恵(やすえ)教授は「補聴器で認知症を予防できるとは明言できないが、補聴器使用で有益な効果が認められた研究は数多く報告されている」と指摘する。  日本補聴器工業会の調査では聞こえに不自由を感じても受診した人は38%というのが現状。和佐野さんは「耳が遠いのは年のせいと言う医師もいて、患者が諦めてしまう実態もある。補聴器をネット通販で買う人もいるが本来は病院で検査を受けながら調整をして使う医療機器」と話している。


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