心臓から肺へ送る血液の一部が逆流する肺動脈弁逆流症。開胸手術で人工弁に置き換える治療に加え、カテーテルを使い体への負担を少なくする治療法が昨年、国内で始まった。従来の治療法に比べて手術の時間や入院期間が短く済み、新たな選択肢として注目されている。 (藤原啓嗣) 「体が軽く感じて、楽になった」。名古屋市の40代の男性会社員は今年6月、カテーテル治療で肺動脈に人工弁を取り付けた。 先天性の心臓の病気「ファロー四徴(しちょう)症」を患っていた男性が、開胸手術を受けたのは3歳のころ。昨年受けた会社の健診で、精密検査が必要と分かった。肺動脈の弁が十分に機能しておらず血液が右心室に逆流、手術が必要な状態だった。男性は入院期間が短いカテーテル治療を知り、中京病院(同市南区)を受診。治療から3日後に退院して、2週間後にはリモートで仕事に復帰した。
カテーテルによる肺動脈弁逆流症の治療は、カテーテルを刺してから抜くまでの時間が数時間と開胸手術に比べて短時間で済む。まず、直径8ミリほどのカテーテル内に人工弁を畳んで収め、太ももの静脈などから肺動脈へカテーテルを進めていく。適切な位置に人工弁を取り付け、逆流を防ぐという流れだ。 ファロー四徴症などの心臓の手術後、患者が成長するにつれ、肺動脈の血液逆流が悪化することがある。逆流は心臓の肥大や不整脈、疲れやすさにつながる。 従来は胸を切開して、人工弁を取り付けていた。ただ、人工心肺につないで心臓を止める手順が必要で、リハビリも含めると患者の社会復帰への時間は長い。 欧米では10年ほど前からカテーテルで人工弁を取り付ける治療が広まった。日本ではカテーテルに対応する人工弁が2021年に薬事承認。日本小児循環器学会などは29の医療機関をカテーテル治療ができる施設として認定し、23年にカテーテル治療を始めた。
肺動脈用の人工弁を手に、治療法を語る西川浩さん=名古屋市南区の中京病院で
同病院では既に患者5人をカテーテルで治療。担当した西川浩・中京こどもハートセンター長(57)によると術後の検査で心臓の肥大が抑えられるなどの効果を確認したという。 一方、誰でも受けられる治療法ではなく、臓器の状態や体質によっては開胸手術しかできないことも。同病院は循環器内科や心臓血管外科の医師が話し合い、開胸手術と比較してカテーテルが望ましいとされた場合に患者に説明し、同意を得て実施している。 西川さんは「負担が大きい手術を躊躇(ちゅうちょ)する患者もいて、治療が遅れる一因にもなっていた。患者にメリットを理解してもらった上で、カテーテル治療を広めていきたい」と話す。
◆確実性、入院期間… 広がる選択肢
心臓など循環器の開胸手術は、切開する部分が広く、体への負担も大きい。そのため、胸腔(きょうくう)鏡やカテーテルを用いる治療法が発展してきた。カテーテルを用いる方法では他に、心臓の穴をふさいだり、狭い血管を広げたりしている。 開胸手術は治療の確実性が高く、不測の事態にも対応しやすいという利点がある。胸腔鏡やカテーテルの方は体の傷が小さく、退院までの期間が短い。 日本先天性心疾患インターベンション学会の副理事長を務める静岡県立こども病院の金成海(キムソンヘ)IVRセンター長(54)は「患者のライフスタイルや就労状況なども踏まえて、担当医と最適な治療法を選べるように複数の選択肢がある意義は大きい」と話す。
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